2025年12月号
実業団1年目積み重ねた日々─
吉田響が語る2025年
12月、突き抜けるような青空が広がる宮崎。ニューイヤー駅伝を目前に控えた吉田響の表情には、かつてないほどの充実感と、静かな闘志が宿っていた。

プロランナーとして歩み出した2025年。吉田にとってこの一年は、まさに“新”の連続だった。実業団という新たな環境、ついに実現した瀧川コーチの直接指導、そして自らを厳しく律するプロとしての自覚。「赤く燃えた一年だった」と振り返るその瞳は、力強い輝きを放っている。

指導にあたる瀧川コーチも、「いまの吉田響は、皆さんに大いに期待いただける仕上がりです」と自信を覗かせる。二人の試行錯誤と、積み重ねてきた月日の先に見えてきたものとは。

目前に迫ったニューイヤー駅伝、そして2026年のマラソン挑戦へ。これは、一人の若きランナーが“世界で勝つ覚悟”を言葉にした、2025年暮れに語られた現在進行形の記録である。
ー12月も半ばを過ぎ、多くのファンが吉田選手の前回の箱根駅伝での激走を思い出すと思います。ご本人にとってもやはり当時の記憶が呼び起こされますか?

吉田響
はい、思い出しますね。
ー今回の箱根駅伝で特に注目している選手はいらっしゃいますか?

吉田響
やはり、青山学院大学の黒田朝日(くろだ あさひ) 選手や、早稲田大学の山口智則(やまぐち とものり) 選手ですね。山口選手はスピードタイプで、すごく強いと思うので、今回はどれだけ走れるか気になります。
ーどの選手の「どこを走るか」という配置も注目ポイントですか?

吉田響
箱根駅伝が好きなファンの方々にとっては非常に気になるところでしょう。今年は青山学院、駒澤大学、國學院大学、中央大学、早稲田大学の5校が「5強」と言われていますが、その5校の監督さんが対談している場でも、やはり「黒田選手は2区か5区か」という話で盛り上がっていました。
ー創価大学の後輩たちから相談はありましたか?

吉田響
ありますね。色々と聞かれますけど、僕が当時やっていたトレーニングや、レース中の心構えなどを伝えています。
ーちなみに、今年の優勝候補はどこだと見ていますか?

吉田響
難しいですね。各校、一長一短で、均衡しています。平地は強いが山がいない、あるいは山はいるが平地区間の選手層が足りない、という状況で、どこも総合力で群を抜いているとは言いにくい状態ですね。
ー総合力が鍵ということですね。箱根駅伝は1月2日(往路)に文化放送のラジオ解説として参加されるとのことですので、そちらも楽しみにしています。

Chapter1

「2025年を振り返る。燃えた一年とその裏側」
ー2025年を振り返って、ご自身の心の状態を色で表現するとしたら何色ですか?

吉田響
僕は"赤"ですね。サンベルクスでも、個人としても、すごく燃えた1年でした。
ー新しいチャレンジに満ちた1年だったということですね。

吉田響
はい。この4月からサンベルクスとプロランナーとしてスポンサー契約をし、選手やスタッフとの多くの出会いがありました。個人としてもゲストとしてもいろんなイベントに参加させていただき、新たな刺激を受けました。ランナーとしても、社会人としても、本腰を入れて向き合う覚悟を固めた一年でした
ー社会人になってみて、大学生時代との違いはどういうところでしたか?

吉田響
自分が憧れにしている柏原竜二さんや高橋尚子さんと、仕事でご一緒させていただき、皆さん一人ひとりの中に確固たる信念があるように感じて、その経験や熱意をどのようにランナーの方々に伝え、どうすれば走ることを楽しんでもらえるのか、また走る技術をどのように伝えればランナーの能力をより引き上げられるのか。そうした一つひとつの向き合い方が非常に丁寧で上手だと感じました。

出雲駅伝で解説をやらせていただきましたが、自分はまだまだ足りないと思ったので、もっと勉強していかなければならない、と強く思いましたし、そういった方たちと一緒にお仕事ができるのはすごく幸せなことだと感じました。
ー2025年を振り返って、一言で表すとしたらどんな1年でしたか?

吉田響
一言で表現するなら『新』という字が相応しいと思います。チーム、環境、練習、そして社会人としての生活……。すべてが新しく、変化に富んだ1年でした。特に練習面では、ようやく瀧川コーチの直接指導を受けることが叶い、コーチがこれまで温めてこられた理論や、実践したかったメニューを共に形にできた、非常に密度の濃い1年でした。
ー新しく始めたことで、やってみて良かったことはありますか?

吉田響
練習の面では、プロランナーとしてより充実した内容で1年間やってこれたことです。体調管理やケアの面では、サプリメントの摂取方法について、専門的なアドバイスをいただき、どんな栄養を摂るかだけでなく、「どういうタイミングで摂るか」というのを意識し始めました。

毎日全力で
練習に挑めるように、リカバリー面にも一層力を入れていて、今年からは学生時代はあまり行けていなかったトレーナーさんのところに、社会人になってからは毎週通うようになりました。
ートレーナーさんのケアを受けて、回復の面で違いを感じますか?

吉田響
「自分は上半身が固まりやすく、もっと上半身のケアをしないとうまく走れない」、「他の人よりお尻が張りやすい」といったトレーナーさんからの指摘で、改めて気づかされた部分が大きかったです。ランナーは特に足に目が行きがちですが、上半身の柔軟性も非常に重要で、固まると腕振りが小さくなり、ストライドが伸びなかったり、呼吸がしづらくなったりするんです。わかっているつもりでしたが、上半身の影響とかその微妙な違いがわかってきたりして、自分の身体をより深く理解できてきましたね。
ートレーナーさんの施術は、毎回どのくらいの時間をかけているのですか?

吉田響
だいたい90分くらい、じっくり受けています。全身を診てもらいますが、上半身と下半身の割合は普段は4対6くらいですね。ただ、合宿などで足の疲労がたまっている時は、8対2や7対3といった具合に足のケアを重点的にすることもあります。
ー逆に、試してみて「失敗だった」とやめて戻したことはありますか?

吉田響
やめたというよりも、再開したのが「交代浴」ですね。創価大時代は施設が整っていてずっとやっていたのですが、社会人になってやらなくなったら、体の疲れの取れ具合が違うと感じて。自宅で水と氷を入れてやり始めたら、疲労の取れ方が全く違ったので、改めて交代浴が大事だと気づき、アイスバスタブを買って再開しました。

浴槽にお湯を溜めて、アイスバスタブには水と氷をたっぷり入れて、いまは自宅で交代浴をやっています。7月頃から再開したのですが、やはり翌日の体の軽さが全然違います。
ー今(12月)は宮崎での合宿中ですが、身体の状態はいかがですか?

吉田響
合宿に入る前に横浜でかなり追い込んだ練習をしてきたので、最初は疲労もありましたが、定期的に帯同しているトレーナーさんに診ていただいていますし、宮崎の暖かい気候もあって、状態はぐっと押し上がっています。ニューイヤー駅伝に向けて、非常に順調で自分の中でもしっかりと手応えがありますね。
「分かっているつもり」を「深い理解」へと昇華させる—。プロランナーとしての1年、吉田選手が最も心血を注いだのは、自身の肉体との対話だった。週一回のトレーナーによる綿密なケアは、彼に「上半身の柔軟性が走りを変える」という新たな視点をもたらした。足元の疲労に固執せず、全身の連動をミリ単位で整えていく。その繊細な感覚の研ぎ澄ましは、社会人1年目の吉田が手にした、確かな変化の一つだ。

そして注目すべきは、ついに実現した瀧川コーチとの直接指導だ。長年温められてきた理論を一つずつ丁寧に形にしていくプロセスは、彼の競技生活において「最も密度の濃い時間」となった。これまでの「お祭り」のような勢いから、プロフェッショナルとしての「研鑽」へ。新たな刺激を力に変え、吉田響というランナーは今、かつてないほど鮮やかな色彩を放ちながら進化を遂げようとしている。

Chapter2

2025年一番のハイライト―その一走が視界を変えた
ー2025年のハイライトと言えるレースや場面は何でしょうか?

吉田響
やはり東日本実業団駅伝ですね。
ー東日本実業団駅伝を走ってみて、競技に対する考え方や向き合い方で変わったところはありますか?

吉田響
改めてトップ選手の強さを感じたので、変わったというよりは、アップデートしたというイメージです。1日1日、一週一週をより丁寧にやっていこうと思いました。

また、今回の宮崎合宿では、たまたまGMOの太田選手が走っているのを見かけ、自分も刺激を受けてジョグのペースがほぼレースペースになったりなど、質の良い練習ができました。
ー2025年に成長したと感じるポイントはどこですか?

吉田響
学生時代は、瀧川コーチと離れて練習メニューの相談をしていたので、瀧川コーチが何を求めているのかをイメージしながら練習していたのですが、直接一緒にやれるようになって、コーチが求めている練習をより実践的にできるようになったため、練習の質が大学時代と比べてもグッと上がったと思います。
ーそれがレースではどのような点に出てきましたか?

吉田響
東日本実業団駅伝で、最初うまくいかない部分があったのですが、メンタルが崩れることなく、途中からしっかり合わせて、自分なりの走りをすることができました。そういった時でも平常心を保って、自分のベストパフォーマンスを発揮していくという点は、日々の地道なトレーニングがあったからこそ。質の高いトレーニングを通じて、そのようなメンタルの安定感も確実に伸びたと感じています。
ー2025年に新しく手に入れた武器はありますか?

吉田響
武器というよりは、自分はスタートから早いペースで、きつい時もそのまま早いペースで押していくのが得意なので、そこの能力がさらに伸びたというイメージです。学生時代は気持ちが先行して突っ込みすぎてしまう部分もあったので、メンタルのバランスが安定してきたと思います。
ー 他の選手から学んだことはありますか?

吉田響
最近、マラソンで結果を出している選手は、お尻の筋肉を大きく使って走っている選手が多いと感じています。速いペースでも遅いペースでも、お尻をうまく使ってフォームが安定している。なので、自分もクロスカントリーコースを走る時など、お尻の筋肉を意識しながら、大きな筋肉を鍛えるようにイメージしたりしています。
ー大迫選手の日本新記録(2025年12月7日・記録 2時間4分55秒)は刺激になりましたか?

吉田響
はい、改めて大迫さんは強いと思いましたね。持ってない記録がないんじゃないかと思うくらい色々な新記録を更新し続けている方なので、若手である自分たちがそれを超えていけるような走りを見せていきたいと思っています。
ーマラソンに挑戦する上で、吉田選手独自の走り方やスタイルを変える可能性はありますか?

吉田響
自分の走り方(上半身のブレでバランスを取る走り方)が、マラソンでどこまで通用するのかがまだわからないので、実際に走ってみて、もし合わないのであれば修正していかなければならないと思っています。自分では今もブレずに走っているつもりなんですけどね(笑)
ー2025年を象徴するトレーニングや出来事はありますか?

吉田響
大学時代から走っている相模原のクロスカントリーコースでも、ラップタイムを見ると実業団に入ってからのほうが明らかに質の高い練習ができています。今回の合宿でも昨年と同じコースを走りましたが、去年はあんなにきついと感じていたアップダウンが、今年は驚くほど楽に感じられたんです。「あれ、これもう坂じゃないじゃん」って思ってしまうくらい(笑)。日々の練習の積み重ねで、自分のレベルが一段階上がったことを実感できた瞬間でした。

クロスカントリートレーニングは自分の力を測る物差しの一つですね。
2025年のハイライトとして挙げた東日本実業団駅伝。そこで得たのは、単なる結果ではなく「トップ選手との距離感」のアップデートだった。かつての「気持ちが先行して突っ込む」スタイルから、状況を冷静に俯瞰し、崩れた時こそ平常心で合わせにいく。そのメンタルの安定こそが、実業団ランナーとして手に入れた新たな視点だ。

そして
独自のフォームを「マラソンで通用するか試したい」と語り、未知の距離に対して「ワクワクしている」と笑う。そこには、過去の成功体験に固執せず、変化を恐れない柔軟なプロの姿勢がある。大学時代に磨いた「きついペースで押し切る力」を土台に、新たな技術と精神性を上書きした吉田響。マラソンという新天地への挑戦は、彼にとって恐怖ではなく、自らの可能性を証明するための最高のステージとなるに違いない。

Chapter3

苦しかった時期と乗り越え方。挫折を埋めた信頼と綿密な計画
ー2025年で、きつかった時期はいつ頃になりますか?

吉田響
やはり7月ですね。富士登山競走に出られなかった時です。5月、6月と良い練習ができていた中でコンディションを崩してしまったので、積み上げてきたものをマイナスにしてしまったこと。楽しみに準備してきたレースに出られなかった悔しさ。新しい出会いのチャンスを逃してしまったことが、精神的に一番きつかったです。
ーその苦しい状況をどのように乗り越えていきましたか

吉田響
まず大きかったのは、瀧川コーチが復活までのプロセスを綿密に描いてくださり、そこにトレーナーさんが身体の機能やパフォーマンスをどう戻していくかという具体的な計画を組み込んでくださったことです。僕はただ、その二つの計画を信じて着実に実行することだけに集中しました。一人で悩むのではなく、託された計画を一つずつクリアしていく。そのプロセスがあったからこそ、精神的に落ち込む期間を最小限に抑えられたのだと感じています。

また、8月中旬に初めてサンベルクスのチームメイトと合宿を一緒にやらせてもらい、コミュニケーションを取り、やっとチームの一員に加われたと感じられたことも精神的に大きかったですね。その頃はコンディションは3~4割くらいでしたが、そこから計画通りに進められたので、東日本駅伝の時には90%ぐらいの状態まで戻っていました
ー競技に専念するために、プライベートで犠牲にした部分はありますか?

吉田響
遊びに行こうと思っていた部分を削ったりなどはありました。競技と練習に時間を割きたいという気持ちがあったので、プライベートの時間はそれなりに犠牲にしましたね(笑)。
「積み上げたものをマイナスにしてしまった」――。そんな自分を責めてしまいがちな局面で、吉田響は「信じる」という選択をした。瀧川コーチとトレーナーが提示した復活へのロードマップを、疑うことなく着実に消化していく。この誠実な実行力こそが、彼の真の強さだ。精神的な落ち込みを「計画への集中」で上書きし、コンディション3割の状態から東日本駅伝で見せた9割の復活劇。それは、彼がプロとして、自分一人の感情を超えた領域で戦い始めた証でもある。

合宿を通じてチームメイトとの絆を深め、生活のすべてを走るために最適化していくプロセス。そこには大学生時代の「お祭り」的な高揚感とは一線を画す、冷徹なまでの自己規律がある。挫折を経験し、それをチームと共に乗り越えた2025年の夏。あの苦しみが、来たるニューイヤー駅伝、そして未来のマラソン挑戦において、絶対に折れない心のバックボーンとなるはずだ。

Chapter4

支えてくれた存在へ。そして、共に戦うファンへ
ー2025年に吉田選手を特に支えてくれた存在はどなたですか?

吉田響
身近な存在では、瀧川コーチとリカバリー担当のトレーナーさんです。この2人がいてくれたからこそ、良い状態で練習メニューをこなせる環境を整えてもらい、きつい練習後の回復をサポートしてもらったおかげで、僕は走れています。瀧川コーチ、トレーナーさん、自分という三角形の関係が良い形で作用していると強く実感した1年でした。
ー 瀧川コーチからかけられた言葉で、印象的なものはありますか?

吉田響
僕に直接ではないんですけど、お世話になっている方などに「響がマラソンで一番を取らないんだったら、今後、世界で戦える選手が育つことはないと思っている。俺は本気でそう思っているから、1日1日丁寧に真剣に過ごしているんだ」と話していた、というのを人づてに聞きました。その思いを持って指導してもらっているからこそ、自分の練習一つ一つも試合くらいの気持ちで集中して向き合えているので、その言葉と熱意は忘れずに、お守りみたいに大事にしていきたいです。
ー ファンからもらった言葉で、特に印象的なものはありますか?

吉田響
「響君のおかげで前向きに生きていけます。」という言葉が、本当に心に刺さりました。自分の走りを見てそこまで思ってもらえていること、応援してもらっていることが本当に幸せだと感じますし、そう思われているからこそ、絶対に結果で返そうと思っています。ニューイヤー駅伝では区間賞を取って、応援してくれた方々の気持ちに応えられたらなと思います。
ー SNSでもファンの方と交流されていますが、印象的なメッセージなどはありますか?

吉田響
グッズの告知などをした際に「買いました! これを持って応援に行きますね。」というメッセージをたくさんいただけるのが、本当に嬉しいです。大学時代に比べて、メッセージの数だけでなく、一人ひとりの方の熱量というか、文章の密度がすごく濃くなっているなと感じます。
ー 先日のファンミーティングでも、直接その熱量を感じる場面があったのではないでしょうか?

吉田響
すごい熱く感じられましたね。印象に残っているのが、最後の締めの挨拶で瀧川コーチが「このチームで一緒に戦い、共に世界へ羽ばたきましょう。」と言った瞬間です。会場全体が「わー」と盛り上がって、僕たちとファンの皆さんが一体になった感覚でした

ファンの方々も本気で僕が世界で活躍することを望んで、信じてくれているんだということがダイレクトに伝わってきました。あの日のステージでも「もっともっと練習を頑張らなきゃいけない」と、改めて強く思いました。
ー 2026年に向けて、ファンの方々へ一つお願いができるとしたら何でしょうか?

吉田響
2025年はプロランナーとして不慣れなことばかりで、新しい環境に慣れるというのに精一杯な部分があったと思います。そういった新しい環境部分にも慣れてきて、2026年からはマラソンにもチャレンジしますし、よりパワーアップした吉田響を皆さんに見せることができると思うので、その姿を温かく見守っていただければなと思います。マラソンへの挑戦については、考えるとドキドキ、ワクワクしていますが、まずは2026年1月1日に集中して、良い走りをお見せして、ファンの皆さんに喜んでもらいたいなと思っています。
吉田響の背中を押し出すのは、本人、瀧川コーチ、そしてトレーナーが形作る、強固で美しい「三角形」の信頼関係だ。人づてに聞いた「響が一番を取らなければ、世界で戦える選手は育たない」というコーチの熱き言葉。それは今、彼にとって何よりも心強い「お守り」となり、日々の練習を試合さながらの真剣勝負へと変えている。

しかし、その三角形をさらに大きな円で包み込んでいるのは、他でもないファンの存在だ。「響君のおかげで前向きになれる」という一途なメッセージ、そしてファンミーティングで会場を包んだ「共に世界へ」という一体感。それらすべてが、彼にとってはもはや単なる声援ではなく、プロとして結果で応えるべき「使命」へと昇華している。不慣れな環境を脱ぎ捨て、真の力を解放する2026年。より分厚い密度で繋がったファンと共に、彼はまだ見ぬ高みへと駆け上がっていく。

COLUMN

コラム|吉田響の2025年を支えた、日常の4つ
① 2025年の1曲:『ヤングアダルト』マカロニえんぴつ
今年よく聞いた1曲は、マカロニえんぴつさんの『ヤングアダルト』です。
この曲には、本当に1年支えられました。気持ちが沈んだ時も、前を向きたい時も、自然と背中を押してくれる存在でした。
② 2025年買ってよかったもの:マッサージガン
マッサージガンですね。正直、あまり自分の物を買うタイプではないんですが、これは本当に良かったです。どの角度で持っても、しっかり奥まで振動が届く設計で、セルフケアの質が一気に上がりました。

▼THERAGUN Relief(セラガン リリーフ)
③ 今年新しく始めたこと:サプリメント
練習前のエネルギー補給、練習中の水分補給にはハイポトニック飲料、そして睡眠前には疲労回復系のサプリメントを愛用しています。
「何を摂るか」だけでなく、「いつ摂るか」を意識するようになったのも、今年の大きな変化です。

▼水分補給時のサプリメント
エキストラハイポトニックドリンク CCD
④ 2025年新しく始めたこと その2:ヨガ
質の高い練習ができた日ほど、アドレナリンが出て寝付けないことがあって。そんな時は寝る前にヨガを取り入れています。止まったままのストレッチよりも、動きながら呼吸を整えるヨガの方が、自分の筋肉には合っているみたいです。脱力して睡眠の質を上げることが、翌日のリカバリーに直結します。「今日は寝づらいな」「ほぐれが悪いな」と感じた時は、ヨガや瞑想をやっています。

Chapter5

ニューイヤー駅伝と2026年の目標
ーニューイヤー駅伝に向けて、今一番意識しているテーマはありますか?

吉田響
今回意識しているのは区間賞です。1kmあたりどのくらいのタイムで行ったら区間新ペースでいけるのか、というのを考えています。コース図を把握して、どこまではリラックスしていって、どこからペースを上げるか、というところも考えています。今日の治療中もニューイヤー駅伝の映像を見ながらずっとイメージはしています。今回こそ区間賞にこだわって準備をしていきたいです。
ー区間賞を取るために、強化の軸になっているトレーニングは何でしょうか?

吉田響
クロカンでの持久力の積み上げ、足の鍛え上げというところと、ニューイヤー駅伝はレベルの高い選手が集まり、ペースも速くなるので、そのスピード練習とのバランスを意識してやっています。
ー今のコンディションは非常に良い状態とのことですが、逆に課題はありますか?

吉田響
僕は寒さに弱く、手足の末端が冷えて動きが固まってしまうことが多いので、寒さ対策と、冷えで固まった筋肉をどれだけほぐして翌日にダメージを持ち越さないか、というところが鍵ですね。ホットジェルなどを塗って体が冷えないように対策しています。1月1日は晴れて〜って祈っています(笑)。
ー2026年に掲げているテーマや目標があれば教えてください。

吉田響
2026年はマラソンデビューとなります。その「初マラソンでの日本記録」を目標にしています。
ーそれほど高い目標を掲げている理由は何でしょうか?

吉田響
自分の得意分野が長い距離なので、それを活かしてフルマラソンにチャレンジしたいというのが一番です。マラソンでは世界と戦えるチャンスがあると思っているので、そういった高い壁を自分に課して、自ら乗り超えていきたいという思いがあります。
ー目標は「世界で勝つ」というところにあるのでしょうか?

吉田響
はい。目標は“世界で勝つ”ところにあります。やはり、陸上ファンの方々は、「世界で活躍する日本人」を見たいはずですしね。マラソンという世界的な舞台で僕が海外のトップ選手とトップ争いができれば、日本の陸上界はもっと盛り上がりますし、次世代の強い選手が育つ環境にも繋がっていく。そうした陸上業界への貢献に、少しでも関わっていきたいという思いがありますから。僕の挑戦が少しでも陸上界への貢献につながれば嬉しいですね。

もちろん、マラソンは未知の世界です。一筋縄ではいかない場面も必ず出てくるでしょう。ただ、海外のレースにはアップダウンが激しいコースも多く、僕の持ち味である持久力が活きる舞台は必ずあります。そうした自分の特徴を発揮できるレースでは、迷わず攻めていきたいですね。』
ー2025年の自分へ送る言葉と、2026年の自分へ送る言葉をいただけますか?

吉田響
2025年の自分へは、社会人として1年間やってみて、練習や仕事の部分で、もっと詰められた部分があったので、そこは改善していきたい。2025年で出た課題を無駄にしないためにも、2026年はその経験をすべて活かし、2025年以上に質の高い1日1日を送れるように頑張れればと思います。

2026年の自分へは、もう本当に1日1日を死ぬ気で頑張っていかないと、あっという間に時間が過ぎていくと感じたので、本気で1日1日丁寧に積み重ねていこうね。って伝えたいです。
ー2026年に向けて、改めて今の心境をお願いします。

吉田響
まずは2026年1月1日。ニューイヤー駅伝という実業団のエリートが集う最高の舞台で、しっかりと区間賞を勝ち取り、チームを上位へと押し上げたいです。

そこで得た勢いをバネにして、初マラソンへの挑戦、そしてその先に続く挑戦でも結果を出し続けていきたい。僕が結果を出すことで、応援してくださる皆さんと一緒に喜びを分かち合い、陸上界をさらに熱く盛り上げていきたいと思っています。今の僕にできる最高の恩返しは、皆さんがワクワクするような走りを届けることだと思っています。
ーニューイヤー駅伝は、前回(東日本)とは作戦変更で、順位ではなくタイム、区間新記録を追っていくというイメージですね?

吉田響
はい、その通りです。区間新記録というタイムを追えば、必然と順位も出るだろう、というつもりでいます。
吉田響の見据える視界は、もはや国内の駅伝に留まってはいない。2026年、彼が挑むのは「フルマラソンでの日本新記録更新」、そして「2時間3分台」という驚異的なターゲットタイムの突破だ。自らの得意とする持久力を武器に、世界という高い壁を自ら課す。その挑戦の裏側には、「世界で戦う日本人の姿を見せ、陸上界を盛り上げたい」という、一人の競技者を超えた社会貢献への強い意志が宿っている。

まずは元日のニューイヤー駅伝。治療中も映像を解析し、区間新のラップタイムを脳裏に刻み込むその瞳には自信が満ち溢れていた。2025年に得た「新」しい知見と、地道に積み重ねた1日1日の結晶を、まずは上州路のタイムに注ぎ込む。ファンの期待を背負い、陸上界の未来を自らの足で切り拓く準備は整った。吉田響の「世界への旅」が、ここから幕を開ける。

【編集後記】
結果だけではなく、そこへ至るまでの過程を、ここまで正直に語れる選手は多くありません。信頼を築き、計画を立て、1日1日を丁寧に積み重ねる。吉田響の挑戦は、決して一人で完結するものではなく、支える人、信じる人、そして応援する人との共同作業です。
インタビューを終え、宮崎の空の下で次を見据える彼の瞳を見た時、この挑戦をもう少し近くで見守りたい、と感じました。2026年、吉田響が世界へと羽ばたくその瞬間を、ぜひ皆さんと一緒に分かち合えれば幸いです。

― 響選手への応援・活動支援について ― 
『Hibiki Journal』は、ファンの皆さまからの温かいご支援によって運営・発信されています。
「この挑戦を応援したい」「もう少し近くで見てみたい」と感じていただけた方は、
無理のない形で関わっていただけたら嬉しく思います。
走りの結果だけでなく、その背景にある挑戦や日常も含めて、これからも丁寧にお届けしていきます。

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