ー ニューイヤー駅伝2区での走りは、元旦の大きな話題になりました。ご自身としては、改めて振り返ってどんなレースでしたか?
吉田響
『正直、スタート前は緊張感があり、ウォーミングアップ中は選手同士の距離が近くて。自分は周囲の選手と話しをしながらリラックスすることができました。タスキ渡しの時は選手同士が混乱していたので怖さもありました。でも24位だったおかげでごちゃごちゃした集団に巻き込まれることが少なかったのはよかったですね。2区はどのチームも強い選手たちの中で、24位でスタートしてどんどん抜いていく展開だったので、いつも通り脱力を意識して予定通り前半から突っ込みました。』
ー 2区のエース区間。24位という位置でタスキを受けた時、どのような心境でしたか?
吉田響
『正直なところ、不安よりも「全員抜いてやろう」というワクワク感でいっぱいでした。レース前に田中総監督から、「1位と20〜30秒以内の差ぐらいだろうから、響が前を楽しんで追っていける展開になる。そこを楽しんでほしい。」と言われていたんです。
実際にタスキをもらった時の差がちょうど20秒だったので、「監督の言う通りだ、理想通りの展開だ」と。1区の選手が最高の形で繋いでくれたので、もらった瞬間から「トップまで行こう」という強い心意気でスタートしました。できるというよりは行くしかないという気持ちで、1秒でも早く追いつこうと思っていました。』
ー「区間賞」と「区間新記録」、どちらがより嬉しかったですか?
吉田響
『やっぱり区間賞ですね。順位で一番になるというのは感情的に大きいですし、タイトルとして形に残るので、そこはずっとこだわっていました。年末のインタビューでも「ずっと2位だったので1位を取りたい」と話しましたが、それが実現できて本当に嬉しいです。』
ー ゴール後、監督やコーチ、ファンからはどんな言葉をかけられましたか?
吉田響
『監督からは「よくやってくれた。響のおかげでここまで順位を上げられて初入賞できた。ありがとう。」って言ってもらえました。瀧川コーチは、次の選手の応援に行っていたのでゴールした時は会えなかったですね。"瀧川さんは、結果に浸るタイプではなくて、常に前、次を見ているので。今回のレースは当然の結果という感じでしたね"
ただ後日に「エースが集まる区間であれだけの走りができたのは、すごいことだよ。」と、知り合いには熱く言っていましたね(笑)。
ゴール直後は高木キャプテンがサポートしてくれて、そのままドーピング検査に行きました。その後会場に向かってゴールを見届けることができました。
(2区の後)レース中は、合間に取材が来たり、ファンもたくさん来てくださったので可能な限りサインしたり、創価大学の同期と会えて話をしたり、最高の時間でした。』
ー 来年以降のサンベルクスチームの活躍も楽しみですね。
吉田響
『そうですね。僕はまだ駅伝で優勝したことがないので、サンベルクスで優勝したいなと思っています。今後のチームの目標はまだ聞いていませんけど、個人としてはそう思っています。』