2026年2月特別号《後編》
初マラソンで勝負する理由 
― 瀧川コーチが明かす“吉田響・42.195km設計図”
前編では、大阪マラソンに向けたレース戦略と、「なぜ完走ではなく勝負なのか」という核心に迫った。42.195kmをどう走り、どこで勝ちに行くのか。その設計図は、すでに描かれている。

では、その戦略を支える土台は何か。
後編では、瀧川コーチが語る「走る怪物」の育て方に焦点を当てる。才能を縛らず、しかしリスクからは守る。感覚と管理、その両立こそが、勝てる選手をつくるマネジメントの本質だ。感覚と本能を尊重しながらも、身体とリスクは徹底して管理する。その絶妙なバランスこそが、才能を潰さず、勝てる選手へと導く核心だ。

さらに視線は、大阪マラソンの先へと向かう。2028年、ロサンゼルス。世界の舞台で戦うために、いま何を積み上げ、何を抑え、どんな弾道を描いているのか。

大阪はゴールではない。
これは、「世界のYOSHIDA」になるための、長期戦略の設計図である。の設計図である。

Chapter3

「走る怪物」を育てる、マネジメントの本質。
― 才能を殺さず、勝てる選手に育てる方法
ー 瀧川コーチから見て、響選手の一番の特徴はどんなところですか?
技術、身体、性格、考え方などの面で、コーチとして特に面白いと感じている点を教えてください。

瀧川コーチ
『長距離選手としての資質は高校生の頃からありましたし、それがこの5年間で、さらに磨かれてきたという印象です。専門的に言い出すと本当にキリがないんですけど、分かりやすい言葉で言えば、やっぱりガッツはありますよね。気持ちが強い。

ただ、気持ちだけでは走れません。そこに正しい技術、正しいトレーニングが乗ってきて、彼が持っている強い気持ちと掛け算になっている。そういう成長の仕方をしている選手だと思います。


ー日々の練習への向き合い方については、どう評価されていますか?

瀧川コーチ
ハードなトレーニングをすることが非常に多いですが、その中でも集中力が高いですね。ウォーミングアップの段階から、しっかり入り込んでいるのが分かります。

こちらが提示したことを、できなかった日がほとんどない。高いレベルで、毎回きちんとこなしてくれる。そこが一番大きいですね。本人も「1日1日を大切にしている」とよく言っていますが、言葉通り、1回1回の練習を本当に大事にしている選手だと思います。』


ー そレース中は、考えて走るタイプですか?それとも本能的に走るタイプでしょうか?

瀧川コーチ
本能型ですね。ただ、その本能が正しいんです。


ー 指導者として“厳しく管理する部分”と、“あえて口を出さない部分”の線引きはどこにありますか?

瀧川コーチ
一番やらないと決めているのは、上から押さえつけることです。型にはめたり、「こう走れ」と強制したりすることはしません。響の本能や感覚は彼の最大の武器なので、それを潰すようなことは絶対にやらない。

一方で、体の管理だけは譲れません。疲労のケアやコンディションについては、競技者としての土台なので、そこはコーチとして責任を持って関わります。体の管理だけは、ちゃんとしてくれ、というスタンスですね。


ー 競技と生活の線引きについて、「コーチが管理すること」と「選手に任せること」はどのように分けていますか?

瀧川コーチ
基本的に生活の細部までは管理しません。選手は気持ちの切り替えやストレス発散も大事なので、本人のスタンスも尊重しています。

食事やサプリメントも、響は自分の体のことをよく考えていて、タンパク質の取り方や栄養の意識も非常に高い。生きる栄養素である魚介類が好きで積極的に食べているのも、海鮮が好きというのもあるんでしょうけど、非常にいいと思いますね。そのあたりは信用しています。日頃の練習を見ても真剣に競技と向き合っていることは十分にわかっているので、生活面は本人主導で任せています。

ただ、明らかに寝れていない顔で来たときは別です。そのときは「今日は軽く走って、あとは休め」と言います。珍しく、瀧川がやさしくなる瞬間ですね(笑)。睡眠時間を細かく管理することはしませんが、顔を見れば分かるので、状態はしっかり見ています。

要するに、生活そのものは任せるけれど、体の状態だけは見逃さない。それが今の線引きですね。
ー トレーニングの中で、響選手が最も“嫌がったメニュー”は何ですか?

瀧川コーチ
「嫌だ」と言うことはあまりないですね。ただ、響の恒例ですが、きついときは吠えながら走っているので、そういう意味では相当しんどいんだろうなとは思います。印象に残っているのは、千葉合宿でやったクロスカントリーのロング走もそうでしたね。あれは何回吠えてたかわからないくらいで(笑)。でも、それでも手を抜くとかはないんですよね。』


ー 逆に、響選手が「これ、楽しいっすね」と言ったメニューの中で、「いや、全然楽しい領域じゃないんだけどな…」と思ったものはありますか?

瀧川コーチ
ありますね。それがクロスカントリーのトレーニングです。足場が悪くてスピードが出しづらい中でやる練習なんですけど、普通ならかなりきついはずなのに、彼はそこで平地でやるようなタイムを出してくることが多いんです。こっちからすると「それ、平地で走ったタイムだよね?」というレベルなんですけど、本人はわりと平然とやっていて。そこがやっぱり、響の“怪物さ”というか、すごさだなと思いますね。


ー 指導していて、「ここは難しいな」「悩んだな」と感じた場面があれば教えてください。

瀧川コーチ
『特に気をつけているのは、響は1回の練習強度がとにかく高くなりやすいので、そこは非常に難しいところです。今でこそクロスカントリーの練習にもだいぶ慣れましたけど、最初の頃は1回で追い込みすぎて、怪我に近いラインまで行ってしまうこともあったんです。そのさじ加減を見つけるまでは、かなり試行錯誤しました。

具体的には、先日も近くのクロスカントリーコースで走らせたとき、「今日は調整でいいから、ペースは任せるよ」と言ったんですね。本人は「これくらいのペースでいきます」と言っていたんですが、私は予感があって、一緒に練習を見ていたサンベルクスの上岡監督に「ペース上がりますから見ててくださいね」と言ったんです。案の定、始まったら想定より15秒、20秒くらい速いペースで、しかもそれを続けるんですよ。「いやいや、全然違うやん」って(笑)。

こういうことが年がら年中あるので、1回の練習強度が高すぎると、油断した瞬間に怪我につながる。そこをどうコントロールするかは、本当に難しいところですし、今でも一番気をつけている部分ですね。


ー そうしたリスクを管理するために、どんな工夫をされているのでしょうか?

瀧川コーチ
プロになってからは特に信頼のおけるトレーナーのもとに通うこと。それはトレーニングと同じくらい重要な位置づけにしています。つまりトレーニングと同じくらい「ケア」に時間と資源をかけています。現在は専門性の異なるトレーナーの方々と連携を図り、定期ケア・メンテナンスを実施しています。これは単なるケア、リカバリーではなく、パフォーマンスの最大化とリスクマネジメントのための投資戦略です。

この積み重ねは、目に見える記録以上に大切な部分で、響の特性を引き出すための“土台づくり”です。これは響と私の努力だけでは成り立たない環境で、支援してくださる皆さんの想いが、そのまま彼の体と未来を支えてくださっていると感じています。


ー ここ1年で、「響選手はここが一番変わった」と感じる点はどこですか?

瀧川コーチ
やっぱり一番は、立場の変化に対する自覚ですね。まだプロになって1年も経っていませんが、「自分はプロなんだ」という意識をしっかり持ってトレーニングしてくれているのは、はっきり感じます。

こちらが「今日はこのくらいで休んでいいよ」と言っても、「いや、やります」と走ってくることが結構あって、思った以上に休まないんですよね。もちろんケアはさせていますが、それも含めて、アスリートとしての資質だと思います。プロとして、自覚してよくやってくれています。
響選手の才能そのものよりも、それをどう扱い、どう伸ばしているかという点。感覚や本能は尊重する。一方で、体の管理だけは絶対に手放さない。その線引きは曖昧ではなく、かなり明確だ。自由にさせる部分と、管理する部分を意図的に分けている。
響選手は集中力が高く、練習強度も自然と上がりやすい。だからこそ、ケアやメンテナンスは補助的なものではなく、トレーニングと同じレベルで扱われている。定期ケア体制も、その考え方の延長線上にある。
これは響選手の話であると同時に、瀧川コーチの指導哲学の話でもある。押さえつけず、放任もしない。その間で、どこまで関わり、どこから任せるか。その判断の積み重ねが、今の響選手をつくっている。
また、この環境は二人だけで成り立っているものではない。支援してくださる方々の存在が、ケアという土台を支え、その上でトレーニングが成り立っている。表に出る記録の裏側には、そうした日々の管理と積み重ねがある。その一端が、今回の話から見えてくる。

Chapter4

逆算された世界への弾道。
― 世界のYOSHIDAになる日と指導者のロードマップ
ー 大阪マラソンの次に、プロランナーとして見据えているステップや目標はありますか?

瀧川コーチ
『大阪の結果次第ですね。正直なところ、記録とレース内容を見てから決めたいというのが本音です。大阪の次はコンディションさえ合えば、トレイルを視野に入れています。マラソンに関しては国内・国外ともに視野に入れています。ただ、具体的な大会名については、まだ関係者と正式に話していない部分もあるので、ここでは控えますね。いずれにしても、今年は海外マラソンへの挑戦と、トレイル系のレースへの出場、この2本柱で経験と記録の両方を積んでいくイメージです。


ー ロサンゼルス五輪でメダルを狙うとした場合「いつまでにこのタイムに到達していたい」という、逆算はありますか?
瀧川コーチ
頭の中にはあります。ただ、それをそのまま言語化することは、あえてしていません。というのも、響の場合、こちらが設定しなくても、勝手にそのラインを超えてくる可能性がある選手だからです。

オリンピックでメダルを取るには、最後の10キロで圧倒できる強さが必要になる。そのための作り方、持っていき方はイメージしていますが、「何歳までに何分何秒」と数字で縛ることはしていません。

天井がない選手だと感じているので、記録はこちらが計算して積み上げるものというより、正しい積み重ねをしていけば自然と出てくるものだと思っています。響の場合は、想定より早く出てしまう可能性も十分にありますしね。

だから今は、ロサンゼルスに直結する“結果”を無理に求めるというよりも、そこにつながるだけの身体、強度、経験値をどう積み上げていくか。そのロードマップの方を重視しています。』
ー 世界のトップと戦うために、響選手にこれから一番必要になるのは何だと思いますか?
スピード、持久力、メンタル、レース経験など、特に重要だと感じているものを教えてください。

瀧川コーチ
大阪マラソンを終えたら、練習のやり方は一気に変えるつもりです。これまでは土台づくりと耐久力を中心にやってきましたが、ここからは“世界の高速レースに対応する準備”に入ります。

そこに対応できるようなトレーニングプランは、すでに描いています。ここから先は、また違うタイプの響を見せられると思います。


ー 最後に、狙っているタイトルやレースがあれば教えてください。

瀧川コーチ
この前、世界のマラソンの歴代記録やランキングをずっと見ていたんです。

世界のトップ100、トップ50を見ると、そのレベルに近づけたい、そこに“吉田響”という名前を載せたいという思いが強くなります。例えば、世界100位で2時間4分50秒、50位でも2時間4分16秒くらい。まずは、そこに響の名前を“突っ込んでいく”ところが直近の目標ですね。

だから、日本の中で満足している場合じゃないと思っています。日本は本当に恵まれた環境の国で、だからこそ、そこで慣れ合って終わるんじゃなく、もっと突き抜けていかなきゃいけない。

東京やベルリンなど、世界の大舞台で堂々と戦い続ける。そういう「世界の中で名前が響く存在」になる。そのための準備は、もう始まっています。日本から抜け出す、という意味ではなく、最初から世界を基準にして戦う。そのために、今はただ一歩ずつ、淡々と積み上げているところです。響なら、結果は後から必ずついてくると、私は信じています。』
「目の前の一歩」と「世界の基準」を同時に見据える、瀧川コーチの視線がはっきりと浮かび上がった。大阪マラソンの結果を起点にしながらも、視野はすでに海外、世界基準、そしてロサンゼルスへと伸びている。
印象的なのは、記録や年齢で未来を縛らない姿勢だ。逆算は頭の中にありながら、それを言葉にせず、選手の可能性を枠にはめない。その一方で、準備や積み重ねについては、驚くほど現実的で、具体的だ。「天井がない選手」という言葉は、単なる期待ではなく、日々の観察と経験から導き出された実感だと感じる。

日本の中で完結しない。最初から世界を基準に戦う。その思想は、決して大げさでも強がりでもなく、淡々と積み上げられている日常の延長線上にある。吉田響がどこまで行くのか。その答えは、すでに用意された台本の中ではなく、これから積み重ねられる一日一日の中にある。そして、その道のりを最も冷静に、最も厳しく、そして最も信じて見つめているのが、瀧川コーチである。

その存在は、単なる指導者ではなく、哲学であり、軸であり、吉田響の走りを内側から支え続ける基準そのものだ。吉田響選手にとっては、瀧川コーチは、走りと心を支える屈強な背骨のような存在であり、これ以上ないほど恵まれた指導環境に身を置いていることを実感させる存在なのだ。

【編集後記】
「初マラソンは、まず完走」。
日本陸上界に長く根づいてきたこの常識を、誰よりも冷静に、そして論理的に疑っていたのが瀧川コーチでした。本インタビューを通じて浮かび上がったのは、挑発的な挑戦ではなく、緻密に積み上げられた必然としての“大阪マラソン”だったと言えるでしょう。

瀧川コーチの言葉の随所には、「結果」よりも「過程」、「期待」よりも「状態」を重んじる、一貫した哲学が貫かれています。距離や年齢で選手を縛らず、数字よりも身体の質と反応を見つめ続ける。その姿勢こそが、吉田響という選手を“駅伝のエース”から、“世界基準のマラソンランナー”へと導いている核心なのだと、取材を通して強く感じました。

また、本インタビューが特別なのは、単なる戦略論や技術論に留まらず、「どう育てるか」「どう信じるか」「どこまで任せるか」という、人と人との関係性そのものが、勝負の設計図として描かれている点にあります。押さえつけず、放任せず。その間で最適な距離感を取り続ける瀧川コーチのマネジメントは、トップアスリート育成の一つの理想形と言っても過言ではありません。

そして何より、このインタビューを貫いているのは、「日本の中で終わらせない」という、揺るぎない視座です。大阪マラソンはゴールではなく、あくまで“起点”。その先に見据えられているのは、海外メジャー、世界のトップ50、そしてロサンゼルスの舞台です。にもかかわらず、その語り口は決して大仰ではなく、日々の練習という足元から、淡々と世界へ向かっていく姿勢が印象的でした。

吉田響選手にとって、瀧川コーチは単なる指導者ではなく、走りと心を内側から支える屈強な背骨のような存在です。その背骨があるからこそ、彼は迷うことなく、目の前の一歩と世界の頂点を同時に見据え続けることができる。その事実こそが、このインタビュー全体を貫く、最も大きなメッセージなのかもしれません。

この42.195kmは、単なる距離ではなく、思想であり、設計であり、未来への弾道です。その第一歩が、大阪の街から踏み出されます。
プロランナーという大きな挑戦、そして2月22日の大阪マラソンを、
もう一歩近くで応援したい方へ。
現在、「大阪マラソンエール企画」を開催中です。
響選手へ直接エールを届けることができる企画となっています。

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日頃から応援してくださっているTeam響メンバー向けに、
吉田響ファンミーティング 第2回も受付中です。

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― 響選手への応援・活動支援について ― 
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