2026年5月号
響、黒部を駆ける
― “山の神”と語り、市民ランナーと歩む。
プロ1年目、吉田響は未知の道に挑み続けた。その経験を背負い、プロ2年目という新たなステージへ。

昨年に続き「カーター記念黒部名水マラソン」のゲストランナーとして北陸へ。レースペースを意識した30kmの走り込み、市民ランナーへの声援、地元の中学生との交流、そして加賀の地での充電。黒部での2日間は、競技者としての確認と、人としての補給が同時に起きた時間だった。

夏のマラソンへ向けて、吉田響の2年目が本格的に動き始めている。

Chapter1

「黒部名水マラソン ― 30kmの走り込みと走る歓び」
― 今回の黒部名水マラソン、お疲れ様でした。今年はレースペースを意識した30kmの走り込みという設定で臨まれましたが、どのような意図や狙いがあったのでしょうか。

吉田響
今回の目的は、夏のマラソンを見据えたペースコントロールの確認でした。余裕を持ちながらも、レースに近い感覚で30kmを押し切ること。ゲストランナーとして呼んでいただいたので、応援してくださる方一人ひとりにも応えながら走れたので、その両方が達成できた良い30kmだったと思います。』


ー コースを走りながら、大阪マラソンとの違いは感じましたか?

吉田響
『大阪マラソンは比較的平坦で細かいアップダウンがある形ですが、黒部は8kmあたりから折り返しの23.5km地点にかけて、15kmくらいずっと上り続けるコースなんです。同じ筋肉を使い続けるので、疲労がじわじわと一か所に蓄積されてくる感覚がありました。大阪が気持ちよく走れる感覚だとすれば、黒部はじんわりと足に来る、というイメージです。その中でもペースを落とさず安定して走れたことは、自分としてもすごく自信になりました。


ー コースの特徴によって走り方を変えるんですか?

吉田響
平地では接地時間を短くして早く切り替えながら気持ちよく前に進むイメージですが、坂ではしっかり踏み込んで地面をとらえながら前に進む必要がある。同じ走りではなく、場面場面で体の使い方が変わってくる。今回はそのコントロールを確かめながら走れたという感じです。箱根駅伝の経験や普段のクロスカントリートレーニングで培ったものが、ここで活きていると感じました。』
― 30km走り終えた後も、沿道でランナーに大声で声援を送り続ける姿が印象的でした。あれだけのエネルギーで応援できた余裕があったということでしょうか。

吉田響
はい、余裕を持ってゴールできたので、その後もエイドポイントに向かって声をかけたり、ゴール付近でランナーの方と一緒にゴールしたりすることができました。苦しそうな表情をしていた方が、声をかけた後に笑顔になって走っていく姿を見て、自分も頑張ろうという気持ちになりましたし、同じマラソンというきついところを乗り越えて走っている仲間がいるんだ、という感覚がすごく嬉しかったです。』


― 黒部名水マラソンのコース自体の魅力はどういうところに感じましたか。

吉田響
カーブが少なくて走りやすいこと、そして景色が本当に綺麗なんです。山の方面を走るところもあれば、海辺のあたりも走るので、気持ちいい空気の中で景色を楽しみながら走れる。5kmごとに給水ポイントが細かく設置されていて、後半には霧雨のように水が出てくるゾーンもありました。市民ランナーの皆さんの熱量も高くて、本当にいい2日間でした。』


― 前日のトークショーでは、柏原竜二さんとの対話が大きな盛り上がりを見せましたね。柏原さんの話の中で、特に印象に残ったことを教えてください。

吉田響
『参考になったのは、上りでも下りでもフォームをなるべく変えない、平地と同じように走るという考え方です。自分はずっと、上りは上りの走り方に、下りは下りの走り方にカスタマイズして走るものだと思っていたので、そこが真逆でした。でも言われてみると、箱根駅伝の山登りを振り返ると、自分も無意識にフォームをあまり大きく変えず、なるべく平地と同じ感覚で走っていた部分があって。改めてその場面場面でのフォームや動きの確認の重要性、そしてきつい状況でどう走ったらより効率的か、ということを考えるきっかけをいただきました。』


― トークショーの参加者はどんな方が多かったですか。

吉田響
大人の方が一番多くて、地元の方や遠くから来てくださった方もいらっしゃいました。「上りを走るにはどうしたらいいですか」という質問をしてくれた中学生の男の子も印象に残っています。ファンミーティングのように来てくださった方もいて、60分があっという間でした。』
5月23・24日、富山県黒部市で開催された「カーター記念黒部名水マラソン」。ゲストランナーとしてこの大会に出走した。今年の黒部は昨年の10kmから30kmへと大きくスケールアップ。しかしその走りは、記録を追うものではなく、夏のフルマラソンを見据えた"実戦演習"として設計されていた。

30kmを走り切った後も、沿道でランナーに声をかけ続けた。ゴール付近でランナーと手をつないでゴールする場面もあった。ゲストランナーとしての役割を全うしながら、同時に夏のマラソンに向けたペースコントロールと給水のテストをこなす。

一つの30kmに、これだけの目的を重ねて走れる選手が、プロ2年目でどれだけいるだろうか。「両方が達成できた」という言葉は、謙虚な表現だったが、その中身は相当に密度が高い。

Chapter2

 「黒部の名水と食 ― アスリートの身体を支えるディテール」
― 大会名にも「名水」とあるように、黒部は水が有名ですね。実際に現地の水を飲む機会はありましたか?

吉田響
はい、「神明町の共同洗い場」というところに案内していただいて、実際に飲みました。昔は地元の方の洗濯や飲み水として使われていた湧き水なんです。飲んでみてすごく冷たくて、軟水なので柔らかくて、喉の通りがとても良かった。普段飲んでいる都会の水とは確かに違うなと感じました。』


― 今回の遠征中、特に美味しかった食べ物を教えてください。

吉田響
『白エビです。普通のエビと比べると小ぶりなんですが、甘みがすごく強くて、名前の通り本当に白くて綺麗なんです。お寿司でいただいたほか、白エビの素揚げも食べました。富山の食材を揚げたものもいただいて、どれも美味しかったです。あとは富山のお米がとにかく美味しくて。お水が綺麗な土地なので、お米の炊き上がりが全然違う。おかずなしでも食べられるくらいでした。あのお米は本当にエネルギーになりましたね。』


― 遠征中のコンディション管理はどのようにしていましたか?

吉田響
今回は全日程外食だったので、どうしても糖質とタンパク質に偏りがちで、野菜や果物が不足しやすいんです。そこをサプリメントで補いながら、フルーツを自分で買ったり、バナナとパイナップルは意識して摂るようにしていました。バナナは時間を問わず食べますけど、特に朝は必ず摂るようにしています。パイナップルは大好きなので遠征先でも買って食べます(笑)。卵も欠かせないですね。』


今回の北陸遠征では、黒部名水マラソンだけでなく、石川県加賀市の酒かどや商店にてスペシャルイベントも開催されましたね。

吉田響
『スポンサーの酒かどや商店さんでの1日店長をやらせていただきました。前掛けとはっぴを着せていただいて、ファンの方への質問対応やサイン、一緒に写真を撮ったりしました。初めてお会いする方もいらっしゃいましたし、来たくても来られなかった高校生のために、お母さんと弟さんが代わりに来てくださって。その子のために手紙を書いてお渡しするという場面もありました。遠くからわざわざ来てくださる方がいて、本当に嬉しかったです。
遠征先でも「糖質とタンパク質に偏りがちになる」と自覚し、フルーツを自分で買い足し、サプリメントで補う。バナナは朝に必ず。パイナップルは好きだから遠征先でも買う。こうした細かい習慣の積み重ねが、体のベースをつくる。「お米だけで行けちゃうくらい美味しかった」という富山の米の話は笑顔で語られたが、エネルギー源への感度の高さは、アスリートとして本物だ。食を楽しみながら、体への意識を手放さない。そのバランスが、吉田響らしかった。

Chapter3

「地元・中学生との交流 ― キラキラした目に刺激を受ける」
― 今回も地元の陸上部の中学生たちとの交流がありました。どんな場面が印象に残っていますか?

吉田響
『希望に応じてサインをしたり、質問に答えたりしましたね。たまたまファイテンのシールがあったので、疲れにくくなる貼り方を教えてあげたりもして。みんなキラキラした目で話しかけてくれるので、自分としても、これからもそんな姿でいられるように頑張ろうという気持ちになります。若い子たちのそういう姿が、自分への刺激になるんです。』


― 走ることを目指している子たちに、何を伝えたいですか?

吉田響
『まずは走ることを、部活を、最大限楽しんでほしいなと思います。その先に全国大会や箱根駅伝やプロランナーという夢があるなら、その夢に向かって全力で突き進んでいってほしい。楽しむことが第一で、その上で夢を持って走り続けてほしいというのは、強く思いました。』
「キラキラした目で来てくれる。だから自分もそうあり続けなきゃと思う」。この言葉が、インタビューの中で最も印象に残った一言だった。中学生に何かを与えているようで、実は吉田響自身がその眼差しから力をもらっている。ファイテンのシールの貼り方を教えながら、一人ひとりの質問に答えながら、彼は自分が走り続ける理由の一つをここで確認していたのかもしれない。応援される選手が、応援される側にいることで、さらに走れるようになる。そういう循環が、吉田響の周りには静かに生まれている。

Chapter4

「初夏から夏へ ― 次なる挑戦へのロードマップ」
― この時期、トレーニング以外の時間で、吉田選手が「心が一番落ち着く」のはどんな瞬間ですか?

吉田響
『夏場は合宿が多いので、温泉に行くとすごくリフレッシュできますね。今回の北陸遠征でも、酒かどや商店さんでのイベントの後、宿泊先のホテルに温泉があったので、しっかりお風呂に入って、ストレッチして疲れを抜いて、ご飯を食べて。すごくリラックスできました。加賀市は加賀温泉郷として知られている土地なので、源泉を引いたいいお湯でした。暑い時期に体を動かして、最後に温泉でゆっくり回復する。このサイクルが自分には合っているなと感じています。』


― 黒部を終えて、いよいよ本格的な夏のトレーニング期に入ります。今年の夏はどんなテーマで取り組んでいきますか?

吉田響
大阪マラソンで35km以降に失速してしまった。残り7kmが持たなかった、というのが一番の課題です。そこを持たせるために、フルマラソンに向けたより実践的な練習と、走り込みの量を意識してやっていきたいと思っています。』


― この夏、達成しておきたい目標はありますか?

吉田響
『まずはMGCの出場権を獲得すること。そして夏のマラソンで結果を出して、その先に2時間3分台という目標に向けた実践的なトレーニングを積んでいくこと。11月には東日本実業団駅伝もあるので、チームにしっかりと貢献したいです。


― 少し前、男子マラソンでセバスチャン・サウェ選手(ケニア)が1時間59分30秒という驚異的な世界記録を樹立しました。あの記録を見た時、どんな思いがありましたか?

吉田響
ついに出たんだ、という感覚でした。驚きもありましたが、シューズの進化も含めて、技術と選手が一緒に速さで進化しているんだなと感じました。日本記録は現在2時間4分55秒なので、世界記録との差は約5分ある。自分も少しでも早く近づいていけるように、というのを強く実感しましたし、目標にしているロサンゼルスオリンピックで、もしかしたら一緒に走る可能性がある選手でもある。世界のトップを意識しながら、今の練習に向き合っていきたいと思っています。そういった意味でも良い刺激になりました。』
「35km以降が持たなかった」。大阪マラソンの課題を、吉田響は今もはっきりと言葉にする。言い訳にせず、次への設計図として持ち続けている。そこに世界記録の衝撃が重なった。「ついに出たんだ」という一言の裏には、遠い憧れではなく、同じ舞台に立つ可能性を持つ選手としての感覚があった。

MGCの出場権、2時間3分台、ロサンゼルスオリンピック。目標は高く具体的だ。しかしそれよりも、今日の練習を丁寧にやり切ろうとする意志の方が、言葉の奥から伝わってくる。静かだが、確かな覚悟を感じた。

COLUMN

コラム|吉田響の素顔
① 今月のご褒美 ─ レースの後の最高の一口は?
『ゴールした後に、大会主催者の方がます寿司とかに汁を用意してくださっていたんです。富山のます寿司は初めて食べたんですが、すごく美味しかった。走った後の一口目があれで、本当に幸せでした。』
② 移動中・ホテルで手放せない持ち物は?
『イヤホンです。音楽が好きなので、移動中も、レース前も、部屋でも。リラックスしたい時も、気持ちを高めたい時も、イヤホンがあれば自分のペースを保てる感じがあります。』
最近、地味に頑張ったことは
『遠征に行く前に、部屋の掃除をしました(笑)。散らかっていたので、ちゃんと整えてから出発したんです。苦手なんですけど、さすがに出る前はと思って。』
④ 最近、ファンから言われて嬉しかった言葉は?
『「自分をきっかけに走るようになった」という言葉をいただくことが増えてきて。自分の走りが、誰かの生活に影響を与えられているんだということは、すごく嬉しいです。それが原動力になっているし、だからこそ走り続けなきゃと思えます。』
【編集後記】
プロ2年目の春、吉田響が黒部で走った30kmは、記録を狙うためのものではなかった。夏のフルマラソンを見据えたペースコントロールの確認、給水のタイミングのテスト、そして何百人もの市民ランナーへの声援。それだけの目的を一つの大会に重ねて臨む姿勢は、1年目とは明らかに違う、プロとしての設計力だ。

食の話では、富山の白エビと米への率直な感動が印象的だった。「おかずなしで行けちゃうくらい」という言葉に、疲れた体が本当に必要なものを感じ取る感度の高さが出ていた。中学生との交流では、与えながら受け取るという双方向の関係が、自然に生まれていた。

そしてインタビューの最後、世界記録への言及で「ついに出たんだ」と語った時の声のトーンが、今も耳に残っている。驚きでも焦りでもなく、同じ地平に立とうとする者の静かな反応だった。目標の高さと、今日の一歩の間で、吉田響は今日も走っている。

― 響選手への応援・活動支援について ― 
『Hibiki Journal』は、ファンの皆さまからの温かいご支援によって運営・発信されています。
「この挑戦を応援したい」「もう少し近くで見てみたい」と感じていただけた方は、
無理のない形で関わっていただけたら嬉しく思います。
走りの結果だけでなく、その背景にある挑戦や日常も含めて、これからも丁寧にお届けしていきます。

-HIBIKI YOSHIDA Official site-

    

Top